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八日目の蝉きわこのその後原作のネタバレ紹介!

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今回は、八日目の蝉きわこのその後原作のネタバレ紹介します!

「八日目の蝉」は2007年3月に出版された角田光代さんの小説で、2011年4月に映画化されました。

映画は井上真央さん、永作博美さんが主演を務め、第35回日本アカデミー賞10冠を達成した名作。

主演女優のお二人の演技も勿論ですが、後半に登場する小池栄子さんの見事な演技にも注目が集まりました。

今もなお、映画も小説も人々の心を揺さぶる作品として、根強い人気を誇っています。

心に残っている人や、何度も見た!という方も多いのではないでしょうか。

では、八日目の蝉の主人公の一人、希和子(きわこ)のその後はどうなったのか?

映画と小説の原作のネタバレ紹介も併せて見てみましょう!

 

八日目の蝉きわこのその後は?

八日目の蝉きわこのその後原作のネタバレ紹介!

逮捕され、6年の懲役を受けた希和子はその後どのような人生を送ったのでしょうか?

逮捕後、裁判で希和子は「4年間子育てをする喜びを味わわせてもらった事を感謝しています」と言いました。

その後に裁判官にお詫びの言葉を促され「お詫びの言葉もありません」と言いましたが、希和子はお詫びの前にまず感謝の言葉を言ったのですね。

なぜ、そのような言動に至ったのか?と言えばやはり、それだけ薫(恵里菜)のことを心から愛していたからでしょう。

その感情が最も感じられる映画の逮捕の場面は、涙なしには見られません。

逮捕を悟った希和子は薫にフェリー乗り場へ行くよう促し、それを見届けた刑事たちが希和子を捕まえます。

「この子は、まだご飯を食べていません。よろしくお願いします。」

希和子が母親として深い愛情を持っていたことが伝わる切ないシーンでした。

 

八日目の蝉きわこ原作でその後が描かれてる?

八日目の蝉きわこのその後原作のネタバレ紹介!

出所後の希和子の生活ついては、映画も原作も詳しくは描かれていませんが、原作では多少の情報を読み取ることが出来ます。

その違いを比較してみましょう!

映画

出所後に小豆島の写真館へ写真を取りに行った

映画ではその後については、ほとんど触れられていないようですね。

原作

出所後は東京→埼玉→茨城→仙台→金沢と転居し岡山に定住

原作では、出所後の希和子の足取りにも触れられており、最終的には岡山に居るとされています。

岡山県のフェリー乗り場近くでパートの仕事をし、仕事帰りに小豆島行きのフェリー乗り場へ行くのを日課にしているようです。

小豆島行きのフェリーは、今現在下記の7ルートがありますが、希和子は岡山の港の近くに住んでいることになりますね。

1,高松港(香川県)↔ 池田港
2,高松東港(香川県)↔ 坂手港
3,姫路港(兵庫県)↔ ロケ地・福田港
4,神戸三宮フェリーターミナル(兵庫県)↔ 坂手港
5,新岡山港(岡山県)↔ 土庄港
6,日生港(岡山県)↔ 大部港
7,宇野港(岡山県)↔ 土庄港

八日目の蝉原作ラストで娘と再会してた?

原作のラストシーンでは、フェリー乗り場でお互いに気づかないまま希和子と恵里菜がすれ違います。

しかし、最後に希和子の心情が語られる場面で、恵里菜のことを「見知らぬ妊婦」と表現し、海を見ながら思い出している場面があります。

もしかすると、原作では、希和子は恵里菜に気づいていたことを明確に描写しないことによって、希和子が恵里菜のことをそっと心にしまうことにした感情を表現したのかも知れませんね。

希和子は、恵里菜が両親の元に戻って暮らしていることは当然知っているでしょう。

だから名乗り出たり再会したりして恵里菜の今の暮らしを邪魔したくなかったと考えた気がします。

どんなに愛していても、自分の行為は犯罪であることの申し訳なさと、両親の元で暮らす恵里菜の暮らしを壊したくない、両方の思いがあったでしょう。

恵里菜が両親とどのように暮らしているか?両親との関係性は良好かどうか?もしもあまり上手く行っていない現状を知っていたら、恵里菜に気づいた希和子は呼び止めて名乗り出て再会したでしょうか?

私は、希和子はそれでも再会しなかったと思います。

自分は遠くからそっと恵里菜の幸せを願おう、それが希和子の愛情の表現だと思うからです。

 

八日目の蝉きわこのその後みんなの感想は?

八日目の蝉の皆さんの意見は様々ですが、圧倒的に多いのは「泣ける」という声です。

映画は1度だけでなく何度も見た方も多いようですし、原作の小説も今も多くの人に読み続けられています。

男女ともに親になってからこの作品に触れるとまた違った側面で受け取る方も居るようです。

逮捕のシーンの希和子のセリフには心を動かされる人も多いですね。

私もそのひとりで、子供を思う気持ちが痛いほど伝わってくる名台詞だと思います。

ご飯を食べる、という人としてごく基本的な行為に対して心配する気持ちは、愛する人の心と体を思いやる根底にある感情だからなのでしょう。

八日目の蝉というタイトルにこめられた意味は、切なさではなく美しさ。

何かを超えた人だけが見ることが出来るその景色は、苦しみや悲しみを乗り越え、何もかもをゆるして愛に気がついたときに広がる温かく美しいもの。

恵里菜は長い苦しみや葛藤を経て、希和子の愛は勿論、上手く行っていないと思っていた実の両親の愛にも気がついたのだと思います。

恵里菜は映画の最後に、自分のお腹の中の子供のことをこう言います。

「私、もう、この子が好きだ」

自分が愛されていたことを知った、自分は愛に溢れている、だから自分も誰かを愛することが出来る。

恵里菜は八日目の蝉になれたのですね。

 

まとめ

八日目の蝉きわこのその後原作のネタバレ紹介!

八日目の蝉きわこのその後原作のネタバレも紹介!と言うことで調べてみたところ、岡山の小豆島行きフェリー乗り場の近くで暮らしている、と言うことがわかりました。

しかし、八日目の蝉きわこのその後の原作のネタバレも紹介しつつ、映画との違いを見てみましたが、希和子のその後についてはそれ以外は明確にはされていませんでした。

これは想像でしかありませんが、希和子は大人になった恵里菜(薫)に気がついていて、彼女が成長した姿を見届けて安心し、今後も薫を心から愛し一緒に過ごした記憶を大切にしながら生きていくのだろうと思いました。

家族とは?母の愛とは?

映画も小説も、また手に取りたくなるおすすめの作品です。